演じることにも気が付かず

2018年06月01日

『おそ松さん』二次創作小説 カップリング要素無し、松野カラ松メイン 2015年11月頃

カラ松事変ネタ



 見慣れた五人が横一列になって、夕焼けを歩いて行くのを見た。
 やっと病院から開放され、さぁ家に帰ろうと帰路を急いでいた時のことだ。
 見ればその五人は全員がそっくりな顔をしている。しかしそれぞれ雰囲気が違って表情が異なる。
 ところで自分もまた、彼らとそっくり同じ顔をしていた。理由は簡単、俺たちが六つ子だからだ。
 もちろん兄弟は大好きだ。小さいころから何をするにも一緒だった。ただ遭遇するにはどうにもタイミングが悪かったのだ。その日は怪我をしたせいで、柄にもなく感傷的な気分だったからだろうか。六人兄弟のはずなのに五人だけで歩いているのは自分だけのけ者にされたように感じたのだ。
 自分だけのけ者とはなかなかに悲しい。早くあの五人に合流して、六人肩を並べて家に帰りたい。この距離ならば急げば追いつくだろう。
 颯爽と現れるのに足が不自由なのは不便極まりないと、むっとして包帯に巻かれた足を睨む。だが文句を言っても仕方がない。まずは行動が大切だ。
 そう思い動かしかけた松葉杖がガリ、と嫌な音をたててアスファルトの地面を削るように動いた。意外にもよく響く音だった。
 この音で自分に兄弟たちが気がついたかもしれない。サプライズのように突然現れようかとも考えていたけれど、それよりも早く一緒になりたい思いが勝る。アスファルトから視線を上げて、眩しい夕日に顔をしかめた。一瞬目が眩んでからふと気がつく。
 五人みんなが笑っていた。
 一松の隣で泥だらけになった十四松が本当に幸せそうに飛び跳ねて、それを見るトド松もにっこりと笑う。チョロ松は困ったように十四松を諌めて、そんな兄弟を見回しておそ松兄さんが快活な笑い声をあげた。四人から囲まれている一松は不愉快そう顔こそしているが、照れくさいだけらしく頬は赤い。
 どくん、と心臓が鳴った。
 あそこに行っては、だめだ。
 ふとそんな思いがよぎり足に根が生えたように動けない。
 それがまるで五人兄弟みたいだったとか、自分がそこにいないのが当然のように思えてしまっただとか。自分だって、あの輪の中にいたかっただとか。六人で一つのはずなのにとか。
 そんな風に卑屈に兄弟たちが喜ぶ様子を素直に喜べない自分が憎らしい。兄弟の幸せを喜べないような人間はそれこそ兄弟失格ではないか。包帯だらけの自分があそこに入って、空気を壊すのはこの上のない罪だと思ったから、そのまま足を動かすことはしなかった。
 兄弟たちは、みんな優しい。きっとこんな自分を見たらあの暖かさが壊れてしまう。心配させるわけにはいかない。なんたってかっこいいヒーローは常に周りに気を配るものだ。
 動かしかけた松葉杖だけが恨みがましくガリガリとアスファルトを削るように動いている。
 こんな怪我がなければ、自分だってあの中で笑いあえたのに。
 怪我さえなければ、自分もまたあの暖かさの中にいられたのに。
 怪我をしたのは、何故だっけ?
 自分の影がどんどんと大きくなっていくのをただ見つめた。もう日が暮れる。
 松葉杖はやっぱり、ガリガリとアスファルトを削るように動いていた。
 この状態で家に帰るのもどうかと思い、すこし時間を潰そうと公園に向かった。愛すべき兄弟たちになにかもやもやとした、すっきりとしない気持ちで向き合うのはどうしても嫌だった。自分の中の灰色で、あの暖かさが冷めてしまうのは自分自身が絶対に許さない。
 松葉杖で歩くことはなかなか疲れるようで、やっとの思いでたどり着いたベンチに倒れるように座り込んだ。「よっこいしょ」なんてそんな年でもないのについ零してしまう。情けないものだ。
 ふぅ、と一息ついて公園を見渡せば、時間が時間だからか当然誰もいない。
 小さい頃は日が暮れるまで遊び続けた遊具だって、昼間は子供たちに大人気だろうに今は静かに佇むばかりだ。昔に比べて少し錆びてしまったジャングルジム、小さなシーソー、低くなった滑り台。六つ子なんて当時でも珍しくて、他人からみれば奇妙な存在だったのだろう。公園で遊んでいると物珍しそうに周囲の大人達から観察されたし、子供たちからはよく声をかけられた。
 みんなおなじかおなんて、すごいね!
 本人たちはきっと「すごいね」は奇妙だね、といった意味で発言していたのだろう。しかし当時の自分にはこれ以上にない褒め言葉に思えた。そう、自分たち六つ子はすごいのだ。なんてこそばゆい誇らしさをもって「六人で一つだからな!」と毎回笑顔で答えていた。
 そう、六人で一つ。
 思えばあの頃はみんながみんな同じだった。母だって時々名前を呼び間違えたし、学校に行けば「えっと、どの松野くんかな?」と会話の初めには毎回確認される始末。そんなことには慣れていたし、呼び間違えられるのもいつもの事だったので小学校では特に何も気にしていなかった気がする。
 ところが思春期に入ると、六人で一つだった松野兄弟はそれぞれ個で認識してほしいと望むようになった。情緒の発達による承認欲求。保険の授業だったか、家庭科の授業だったかでそんなことを習ったっけ。六人の中の一人ではなく、この世にただ一人の人間であると認めてほしかったのだ。
 そのため個性は武器であり、また盾であり、本人が本人であると、存在しているという証拠でもあった。今では六つ子と言えどしっかり個性が育ちそれぞれが一人の人間になった。顔は似ているものの見分けはつきやすくなったと言われるし、母はもう俺たちを呼び間違えない。
そうして何もかもそっくりな六つ子から、顔だけはそっくりな、性格も雰囲気も異なる六つ子へといつしか変わっていった。
「俺もまた、個性ある松野家の一員だな......」
 フッ、と不敵な笑みを浮かべる。しっかりと笑えているだろうか。鏡がないため表情が確認できないのが惜しい。なんといっても演じることは俺の十八番。演劇部出身松野カラ松であるかぎりはしっかりとせねば。
 初めて演劇を行ったのは高校のときだ。身体が震えたのを覚えている。これだ、と口角が上がるのを抑えきれなかった。
 中学に入って兄弟たちが着々と個性を身につけただ一人の人間に変わって行く中、俺はいつまでたっても個性が芽生えなかった。からっぽだったのだ。特別何かが優れていたわけでもないし何かが好きなわけでもなく、当たり障りなく生きてきた。どう頑張ったって自分は長男に追いつけないと分かっていたけれど、それでも憧れることはやめられず何でもおそ松の真似ばかりしてきたからかもしれない。松野カラ松は自我が無かった。
 そしてある日、はたと気がつく。このままおそ松兄さんの真似だけしていても自分は兄さんを超えることはできないし、作られるのは兄さんの劣悪な模造品だ。何もかもがそっくりで、ただ中身が劣った出来損ないが生まれるだけ。
 そんなのは耐えられない。松野カラ松という人間になりたい。それが初めて持った自我だった。
 松野カラ松になるためには揺るぎない個性が必要だ。
 まずは何か始めてみようと、以前クラスメイトが「部員がいない」と嘆いていた演劇部を見学してみることにした。部員数が少ないからか演劇部のクラスメイトは大喜びで、「カラ松はきっと演劇が得意だよ、これからよろしくな」と入部の意思も伝えていないのになぜだか握手を求められ、ぶんぶんと手を振られながら感謝された。
 当然顧問の先生も俺を歓迎してくれた。「本当に助かるよ」とにこにこしながら素人の俺に色んなことを教えてくれた。
 どうも自分は役になりきることは出来ても小道具が出てくるとてんでダメなようで、動作の練習にはよく付き合ってもらった。いわく、道具に松野カラ松が現れてしまっているんだとか。完全に役を自分のものにするにはそういった細かいところまで配慮してこそらしい。気をつけること、と注意を受けたり、発声練習の仕方を教わったり、何より「役を自分のものにする」ことは忘れるなと何度も言われた。
 先生のその言葉を聞く度に、やはりと確信した。ああ、自分が探していたのはこれだ!色んな役を演じて、いろんな役の良いところを集めて、からっぽの器を満たしてしまおう。
 そんなわけで現在の松野カラ松完成に至る。演劇部は人数が少なかったにしろ、自分が必要とされることが嬉しくて仕方がなかった。
 個性溢れた六つ子たち。自分も立派な松野兄弟の一員になれたのだ。
『じゃあどうして僕を探してくれなかったの』
 突然声がしたことに驚き眠りかけていた意識が一気に覚醒する。昔を偲ぶうちにほんの少し眠ってしまったようだ。
 ......おかしい。さっきまでこの公園には誰もいなかったはず。あわてて周囲を見回すが誰もいない。動かしたベンチに置いていた手が何かに触れて「ひっ、」とそちらを見ると、いつ現れたのやら、隣に奇妙な模様の猫がいることに気がつく。なんだ猫か、と未だにドキドキと脈打つ心臓を抑えた。
 それにしても変わった模様をしている。メガネをかけたような顔をして、じとりとこちらを見上げている。じろじろと観察しているうちにばちんと目が合って、猫は「にゃあ」と鳴いた。まるで「話しかけたのは自分だ」と言わんばかりに。
「いや、まさか......な」
 情けないことに声が震えている。昔からどうもホラーは苦手だ。かっこわるいとは分かっているが、驚くと素が出てしまって平気なふりをするどころではない。
『猫がしゃべるわけないだろう』
 再び恐る恐る視線を向けるとどうかしたのか、と言わんばかりに奇妙な猫はこてんと首を傾げて「にゃあ」と鳴いた。信じられない。この声はおそらく、いや間違いなくこの猫のものだ。
「頭を打ったのが相当まずかったか......?」
『石臼だってあったしな』
 ぎょっとして猫から逸らした視線を元に戻す。
「お前なんで知ってるんだ!」
『喋るしおまけに俺のことを知ってるぞこいつ!』
「そりゃあ、俺は人間だから喋るさ。残念ながらお前のことは知らないが」
 また「にゃあ」とだけ鳴いて猫は膝に乗ってきた。随分と人に慣れている。ギプスをしていない方の手でそっと触れてみると、思いのほか毛はふわふわとしていて驚いた。誰かが飼っているのかもしれない。
「一松が喜びそうだな」
『まぁ、見せてあげたところで怒らせるだけだろうけど』
「そんなこと、」
 言い返そうと開きかけた口を閉じる。いつもの一松とのやり取りを思い出す。そうしてだんだんと自信が失われていく。
「あるかも......」
『一松に嫌われてるしなぁ』
「そんなこと言わないでくれよ......」
『一松だけじゃないかもしれないし』
「それは......」
『辛い。さみしい。どうして』
「猫にもいろいろあるんだな......」
 突然弱音を吐き出した猫が可哀想になってきて、わしわしと動かせる片手で撫でてやった。目を細めた猫はごろごろと喉を鳴らしている。喋る猫だなんて冗談かなにかのように思えたが、今となってはこの猫に感情移入でもしてしまいそうだ。チョロ松はよく「僕よりチョロい」と俺に怒っていたなと苦笑する。チョロ松の怒った顔を簡単に思い出すことが出来て、何度も怒らせてきたからなぁ、とまた口元が緩んだ。
 そろそろ家に戻らないと本当にチョロ松の怒った顔を見ることになりそうだ。
「帰らなきゃダメだよな、心配かけちゃいけないし」
『誰も心配なんてしてくれないけど』
「......」
 思わず言葉を失って尚、猫は続ける。
『さみしい。さみしい。僕が何かしたの。どうして、助けに来てほしかった。松野カラ松を必要としてほしかった』
「......松野カラ松は必要とされているさ」
『からっぽのカラ松、その通りだ。無個性で空回ってばかり。真似事すらうまくいかない』
 やっとの思いで絞り出した声は思っていたよりもずっと小さく、ぼそぼそと言い訳をする時によく似ていた。
 相変わらず猫はこちらを静かに見ることしかしない。もうすでに真っ暗になってしまった公園で、ブランコがぎぃと風に揺れる音がした。
そんな些細な音が聞こえるくらいに公園は静かで、そんな音に気がつくくらいに神経が張り詰めていた。
 ぐっ、と歯をかみしめて、しっかりと息を吸う。発声する時は、腹式呼吸。自分はその役本人だと意識して、演じる。呼吸を整え心を静める。言葉は届けるものだと忘れずに。
「それでも、松野カラ松はな」
 良かった。いつもの声量、いつものトーン。松野カラ松の声はこうでなくては。
 気がついたら撫でるのを止めてしまっていた手を再開させ、猫に言い聞かせるように続ける。
「......それでも俺は、家族のみんなが大好きだ」
『嫌いになっても良いから、愛させて欲しい』
 すっかり壊れたと思っていた電柱がじじ......と音を出しぱっと灯りがついた。帰らなくては。この電灯よりももっと明るく、もっと暖かい我が家へ。
「じゃあ俺は帰るよ。大変かもしれないけどお前も頑張れよ、猫ちゃん」
 松野カラ松の笑顔は不敵に、フッと片側の口角を上げるようなイメージだ。完璧に表情を作り上げ、うまくやれたと次第に気分も良くなってくる。
 いつもよりも随分とゆっくりした歩きだが、一歩ずつ確実に。足取りは夕方よりも軽く、ただ相変わらず松葉杖をだけをガリガリ言わせながら『松野カラ松』は大好きな我が家へと向かった。
【演じることにも気が付かず】

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