不変の祝福

2018年06月01日

『A3!』二次創作小説 密誉 2017年12月3日

「永久に変わらぬ祝福を!」

密くんの誕生日を祝う話



 密の予想通り、お土産の天体キャンディーを受け取った誉は「詩興が湧いた!」と叫んだのだった。耳を抑えながら、密は玄関で早速お土産を渡してしまったことを後悔する。もう少し後にすれば良かったかもしれない。
 けれど、やはり早々にお土産を手渡す運命だったのだろう。どういうわけだか、誉は仁王立ちになって玄関で待ち構えていたのだ。ドアを開けてすぐに、仁王立ちをしている高身長の成人男性と鉢合わせた時の気持ちを考えてみてほしい。思わず密はびくりと肩を揺らしてしまった。恐らく監督も同じだろう。
 そんな威圧感たっぷりの誉の表情はきらきら輝くようなものだった。おかえり! とにこにこしながら挨拶をするものだから、密と監督は思わず顔を見合わせた。これは、何かあるだろう。
 そこで監督が、「そういえばお土産を買ってきたんです」と言ってしまったので、密は素直にキャンディーを渡す他なかったのだった。
「アリス、うるさい」
 談話室に移動しながら、密は誉に文句を垂れた。
「いや失礼、あまりにも美しいから......」
 廊下を歩きながら、誉はそわそわと六種類の天体を見比べている。密と監督は、このキャンディーの中からどれか一つを、冬組みんなに選んでもらうつもりで買ってきたのだった。
「では、ワタシは地球を頂いても良いだろうか。ワタシたちの母なる星だ。実に美しい」
 談話室のソファーに座って唸りながら考えて、最終的に誉は澄んだ青に大陸と白雲が浮かぶ地球を選んだのだった。
「じゃあ誉さんは地球をどうぞ! 密くんは何が良い? 月......は嫌だよね、あっ、太陽はマシュマロ味だって」
 そう言って監督は密に太陽のキャンディーを手渡した。パッケージに描かれた中身は、濃いオレンジに黄色のグラデーションがかかっていて、まさに燃えているように見える。今食べてしまおうかしらん、と受け取ったキャンディーを密がじっくり眺めていると、急に肩を掴まれた。十中八九誉の仕業である。
「そうだ密くん、キミ、きっと慣れない外出に疲れただろう、そうだろう。どこかで眠ってしまう前に、キミのベッドへ向かうのが一番だ! そう思わないかい?」
「え、急にどうしたの」
「さあ我らが二〇五号室へ行こう!」
 手は洗ってね密くん、とにこにこ笑う監督に見送られて、密は誉に引きずられていったのだった。
「ちょっと、アリス。どうしたの」
 すたすた歩いていく誉に腕を引かれ、密はつんのめりそうになりながら二〇五号室にたどり着いた。やっと足を止めた誉に尋ねても、ふふふ、と笑うばかりで話にならない。密はどうせろくでもないことを企んでいるぞ、と思いながら、じとりとした目で誉を見た。そんな視線を一切気にせず、誉は飄々としている。
 やがてもったいぶるように、誉はゆっくりと、丁寧にドアを開けた。
「え」
 密はすぐにいつもと違うベッドに気がついて目を丸くした。モノクロを基調とした密の寝具の上に、鮮やかな赤が散っている。
 ──バラだ。
「改めて、誕生日おめでとう。密くん」
 密は、アリスがずっとそわそわしていたのはこのせいか、と思いながら、ベッドに近づいていった。成る程、朝言っていた通りだ。密のベッドはバラで埋め尽くされている。
「まさか、本当にやるなんて思わなかった」
「ふふん、美しいだろう?」
「寝にくそう」
 言いながら、密は梯子をのぼってベッドにぽすんと身を投げた。真っ白なシーツはバラの香りに包まれている。アリスの匂いに少し似ているかもしれない、と密は思った。
「プラネタリウムを観に行ったんだって? どうだい、プラネタリウムは気に入ったかい?」
 誉は地球を模したキャンディーを舐めながら密に尋ねた。密は身体を丸めて、丁寧に棘の処理を施されたバラの花弁に触れた。柔らかく、すこしだけ湿っている。まだ生きているのだ。
「......星は、変わらないって聞いたから。プラネタリウムは好き」
「それは良かった」
 誉はにっこり微笑んだ。
「けれど、ずっと変わらないと言うのも残酷なことだとワタシは思うね。終わりとは時に救いだ」
 密は射手座のケイロンの話を思い出した。絶対的な不変である不死を明け渡すほどの毒に苦しんだ彼は、不幸だったのかもしれない。いつか自分も、毒に苦しみ、不変を憎むのだろうか? 考えてみて、それでも密は不変を、変わらない今を。強く望んでいた。
「まあ、世の中のものには大抵終わりがあるものだ。変わらないとされる星にさえも、いつか終わりがやってくる。」
 密は驚いて、思わず「本当に?」とソファーに腰掛ける誉に聞き返した。だって、変わらないというから、密は星に祈ったのだ。星にさえ終わりがあるだなんて聞いていない。変わらぬものに祈りを捧げたつもりだった。
 しかし、星は終わるのだという。あの輝きが途絶える時が来るのだ。だとしたら、星に託したあの祈りは一体何になるというのだろう。
「本当だ。星は限りなく不変だ。長い、長い時を輝くからね」
 誉は舐めていたキャンディーを密に見せた。そこにあった地球はすっかり溶けて、ただ白色の棒が残るばかりだ。青色の星は消えて、代わりにあるのは空虚だった。
「星だって、地球だって、形あるものはいつか終わるんだよ」
「......そうなんだ」
 密は絶望的な気持ちになった。この世界で変わらないものというのは、どうやらどこにもないらしい。ただこの日々がずっと続いて欲しいだけなのに。ただそれだけを実現することは難しいことなのだろうか。
 密は枕に顔を埋めた。どうかこのまま。そんな祈りは無駄なものなのだろうか。
「──けれどね、密くん。形のないものは永遠だ。ワタシは形の無い物を信じている」
「形の無い物?」
 密はのろのろと顔をあげた。誉はいつのまにかベッドのそばまで来ていて、密のことを見上げていた。ばちり、と目が合って、密は誉の真意を汲もうと、その瞳を覗き込む。バラよりももっと赤い瞳が揺れた。
「それは言葉だ。思いだ。感情だ。そして祈りだ。祝福だ」
 形のないものを列挙し、そうして誉は梯子をのぼって、密の隣へ身体を滑り込ませた。「せまい」なんて密が憎まれ口を叩く前に、誉はそっと人差し指をその唇に押し当てた。
「何より、愛だ」
 密はゆっくりと瞬きをした。誉は穏やかに微笑んで、密の髪を撫でた。
「オレ、来年にはここにいないかもしれないよ」
「うん」
 誉は静かに相槌を打った。密は自分に誉の手の温かさが染みていくのを感じた。
「もうみんなに誕生日を祝ってもらうことも、アリスにマシュマロをもらうことも、できないかもしれないよ」
「うん」
 誉は再び静かに相槌を打った。密は、なんだか泣いてしまいそうな気持ちになってきて、誉から目を逸らした。
「今のオレは、消えちゃうかもしれないよ」
「うん」
 誉は手を止めず、頷いた。密はいよいよ猫のように小さく丸まった。
「それでも、変わらない?」
「ああ」
 誉は深く頷いた。
「キミがワタシに愛されたこと、キミがワタシを愛したこと。ワタシがキミに愛されたこと、ワタシがキミを愛したこと。その事実は変わらないよ」
 密は顔を上げて、誉に抱きついた。
「もちろん、キミがここに存在したという事実も永遠だ」
 誉は密の髪を撫でる手を止めた。そして、
「誕生日おめでとう、密くん」
 誉は笑って、思い切り、強い力で密を抱きしめ返した。

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