風見夢小説
ずかずか、という擬音がぴったりくるような歩き方をする人だった。もうすっかり夏だというのに、かっちりとスーツを着込んだ彼は、いつも周囲を威嚇するように歩いている。思わず威圧感に気圧されそうになって、しかし私は両手を握りしめ、口を開く。
基本腐なので注意してください
ずかずか、という擬音がぴったりくるような歩き方をする人だった。もうすっかり夏だというのに、かっちりとスーツを着込んだ彼は、いつも周囲を威嚇するように歩いている。思わず威圧感に気圧されそうになって、しかし私は両手を握りしめ、口を開く。
『おそ松さん』二次創作小説 カップリング要素無し、松野カラ松メイン 2015年11月頃
『おそ松さん』二次創作小説 一カラ 殺人描写有 2016年1月頃
「俺は空を飛ばなくちゃいけないんだ」
松野カラ松はいつになく真面目な顔で、一人そう宣言した。松野一松はその気だるげな表情を変えることなく、「は?」と一言、実の兄の飛行宣言に感想を寄越した。今この部屋にはカラ松と一松以外の誰もいないので、カラ松の宣言は独り言、もしくは一松に向けてのものということになる。カラ松はあれで案外寡黙なところがあるから、独り言という可能性は却下。自動的に一松に向けての宣言になる。無視しようか迷ったけれど、一松は基本的に律儀な男だ。突発的な意味不明の宣言にも反応してやる優しさを持っていた。しかもカラ松に対しては専用のアンテナでもあるのかと疑いたくなるほどに過敏な反応を見せるのだから、結局いつもカラ松の言葉を拾ってやっているのだが、一松本人は無意識だった。
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死体は冷たいというから、もっと青白い顔をしているものだと思っていた。棺桶の中で花に埋もれ横たわる今の兄のほうが、よっぽど生前よりも綺麗だと、俺には思えたのだ。つるりとした陶器のように白く、ひんやりした頬は死化粧が施され、薄紅色が差している。こうして見ると案外、松野カラ松は整った顔をしていたのかもしれないな、と思った。自分と同じ顔と言っても、それなりに差異があるように見えるのは贔屓目だろうか。長い睫毛に縁取られた両目には開く気配が無かった。両手を腹の上で組まされた姿が、まるでお姫様みたいでくらくらする。その手を見て、俺はヴィーナス像が何故芸術品として賞賛されるのかを理解したのだった。失われた箇所は有り得ない願望を優しく受け入れてくれるのだ。
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唯一失敗したなと思ったのは、六月の海は案外寒い、ということだった。海水を吸ったパーカーが重く腕に張り付いて鬱陶しい。日が暮れた今、体温は奪われるばかりで、くしゅんと小さくくしゃみをする。御影密はもともと猫背気味の背中をさらに丸めて縮こまった。
「待っていてくれたまえ密くん、もうすぐ火がつくよ」
先程から拾った使い捨てライターで、これまた拾った流木に火をつけようと奮闘している有栖川誉に密がちらりと視線を寄越すと、予想はついていたけれど木に火がつくどころかライターから火が出る気配すらないので、思わず溜息が漏れた。
「おかしいな......下まで押し込むことができないから、壊れているのかもしれない」
「ちょっと貸して」
「む、密くんは直せるのかね?」
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七夕とは逢瀬の日らしい。
本日七月七日は七夕と呼ばれる日で、有栖川誉が言うには離れ離れになった織姫と彦星が一年に一度会うことができる記念すべき日なのだとか。昼食をとっていた矢先、大学の企画で余った笹を持ち帰りたいと車を呼び出した三好一成に「お前なぁ」なんて文句を垂れつつ、寮を出て行った古市左京の横顔が優しく緩んでいたのを御影密は見逃さなかった。
はて、七月七日に笹を持ち帰るという行為は歓迎されるものらしい。左京があれでいて面倒見がいいことは密も知っていたけれど、無駄を嫌う男がわざわざ車を走らせるとは。すなわち七夕に笹を持ち帰ることは無駄ではないということだ。笹と七夕。記憶にはない言葉だった。笹って、大きいの? 七夕ってなに?...
「おや、密くん。今日も来てくれたんだね」
顔を綻ばせ、誉が水面から頭を出した。そうすると水が揺れて、透明なアクリル板に囲まれた小さな海に波が生まれる。水槽の上に作られた金属製の足場から、密は誉を見て、やがて座り込んだ。餌を与える為である。
「ん」
...
「視線を感じる?」
私の相談を受けて、担当は訝しげな表情を見せた。毎日のように通っている出版社だったが、誰かにこの話をするのは初めてだった。ここのところ、毎日毎日誰かに見られている気配がするのだ。
担当はずれた眼鏡を押し上げて、それは、いつ感じるのです? とメモを用意しながら私に尋ねた。
「ああ、それがね、自宅からこちらに向かう際や、帰る際のことなんだ。ふとした時に、恐ろしい視線を感じる」
その視線というのが、とても常人のそれではないということを私は細かく話した。行き帰り、この出版社と天鵞絨駅との間。この区間内で、何者かが私をつけて歩いている。話せば話すほど、担当者はどんどんと顔を曇らせていった。大変良くない傾向だ、という彼の呟きが、出版社の味気ない白い壁紙に吸い込まれていく。
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